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<性的倒錯で見る二人の関係性>

51巻で奈落が白夜の眼窩に触手を挿入するシーンがある。奈落が「もっとよく見せろ」と半ば強引に突っ込み、白夜はそれに内心「気持ち悪い」と毒づきつつも、結局は受け入れている。奈落サイドにおける数少ないコメディシーン(白夜もギャグ顔である)だろうが、本当に“それだけ”なのだろうか?

ただ単に「見えやすく」するだけならば、少年誌らしく、もっとマイルドな描写方法もあったはずだ(例えば「手を繋ぐ」とか)。しかし、高橋氏はわざわざ「眼窩に挿入する」という、いささかグロテスクな描写を採用している。

これは「穴に挿入する」と言う点で、男女の性行為を想起させる。『「女性的」な存在の白夜の「穴」に「男性的」な存在の奈落が「挿入する」』。二人が「そういう関係」であることのメタファーであるとも考えられる。男と男、「ホモセクシャルな関係性」も示唆されるのではないか。

白夜は触手の感触が「気持ち悪い」とは言いつつも、それはある種のポーズで、「奈落そのもの」に嫌悪しているわけではない。触手を突っ込まれたまま、所在なさげに立ち尽くしている姿が、笑いを誘う。

言うまでなく「眼球」は、唯一「外気に露出した内臓器官」で、「世界を認識」する第一次的な手段、「視覚」を可能にする。それを共有する意味合いは大きい。そしてセックスは、「他者と最も密接に接触出来る手段」だろう。肉体的にこれ以上深く他者と交わることは不可能である。二人は劇中でセックスをしたわけではない。しかし、セックスを連想させるような接触を行っている。それが「眼窩に触手を挿入する」という行為だ。おまけに「五感(この場合は視覚)を共有している」。これは単に「一心同体」であることを超越した関係性と言えるのではないだろうか?「二人同時に生きながら臓器を介して感覚を共有する」。我々にとっては、セックス以外有り得ないのだが、この二人はいとも容易く可能にしてしまっている。この光景は他の分身では見られなかった。

奈落の分身たちは元々数多の妖怪の集まりである半妖奈落が、自らの身体を分離させてつくった存在。なので無双や赤子のように、奈落が吸収することは造作もない(37巻で神楽も魍魎丸にこの手段で脅迫された経験がある)。しかしこの場合は、相手の意識を奪っている(=奈落にとっては殺害に等しい)ので、除外するとしても、飽くまで触れあいの延長線に過ぎず、「臓器同士での接触」ではない。まして相手の意識を奪った状態ならば、それは「接触」ではなく「捕食」と呼ぶべきだろう。

白夜の女性的な容姿は、奈落が鏡像へ無意識に「自分の求める女」を投影した結果とも取れよう。奈落は認めたがらないだろうが、桔梗を求める「男=鬼蜘蛛」としての奈落が、桔梗の要素を取り込み、それを自身の身体で以って投影した「女=桔梗」が白夜であろう。「女性としての奈落の自己像」としてだ(6巻では、奈落が美女に化けていた時代もあったことが、弥勒の口から明かされている)。

奈落と白夜は肉体の感覚を共有している。相手の感覚は全て自分の思い通りになり、相手もまた自分の全てを理解してくれる。これぞまさしく究極の自己完結ではないか!親と子の「近親相姦的側面」もあるが、自分の「鏡像」と肉体関係を結ぶ、「自慰的側面」の方が、より意味合いは強いだろう。奈落と白夜の関係性は、他者と関係を築けなかった人間の成れの果てと言えるかもしれない。

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