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<「犬夜叉」とキリスト教との関連性>

ここで、「犬夜叉」の物語の『構造』と興味深い類似がある物語として、「キリスト教の四福音書」がある。この二つの物語をしばし比較してみたい。

奈落犬夜叉洗礼者ヨハネの役割を四魂の玉から与えられているようにも見える。洗礼者ヨハネの役割とは『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ』(ウィキペディアより)という神のお告げのとおり、「主のために道を整えること」である。

犬夜叉は「かごめを背負って、邪魔な妖怪を薙ぎ払い」、奈落は「白夜を生み出し、最終的に四魂の玉に魂を捧げる」。特に四魂の玉の中で生首姿で蜘蛛の巣に囚われた奈落は、ヨハネと酷似した断首をしている。

つまり、『かごめと白夜を四魂の玉の元に導け』という天命を犬夜叉と奈落は課せられていたわけである。もっと言えば、『四魂の玉を導く道をつくれ』ということである。その上かごめは神に等しき「四魂の玉を生み出す」、聖母マリア的な側面もある。

最後かごめは玉に向かって「消えなさい!」と叫ぶが、この瞬間彼女は四魂の玉と完全に対等な立場に立つ。俗世の煩悩から脱却し、「無私の境地」に達するからである。この瞬間の彼女は、神にも等しい。いわば「神殺し」の立場をになうのである。神を殺せるものは、神しかいない。こうして「四魂の玉」、「かごめ」、「白夜」という三つの要素で構成された「三位一体」が完成するとも考えられよう。

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