胡蝶の夢
夢幻の白夜考察サイト
<白夜の眼>
白夜は犬夜叉たちが遭遇している出来事や戦いの模様を見て、それを奈落に報告することを「仕事」と称している。
自らは戦いに加わらず、観察以外は奈落の代わりに謀略をめぐらすくらいしか行動しない。
41巻で彼は、オブザーバーに徹する立場を宣言している。「今んとこ」という含みを持たせた発言が55巻への伏線になるのは言うまでもないが、この時点では奈落からも「見るだけ」に徹するよう、強く言いつけられているようだ。
41-1 8
白夜「誤解すんなよ。おれの仕事は見ることだけだ。今んとこな」
41-1 15-17
奈落「竜鱗の鉄砕牙…か」
白夜「仰せのとおり見るだけにしといたけどね」
奈落「敵を斬るたびに使い手を傷つける刀…か。おもしろいな」
白夜「本当にトドメささなくて良かったのかい?せっかく犬夜叉が倒れてたのに。それとも…あの刀で魍魎丸を斬らせたいのかい?」
奈落「犬夜叉が自らの刀で自滅するのが早いか…魍魎丸を捜し出し斬るのが早いか…楽しみだな」
見ることはしても敢えて戦わない白夜は、他の分身とは大きくその性質が異なる。たとえ犬夜叉を仕留められる状況にあってもただ傍観するだけで、その姿勢は最終決戦においても変化しない。戦いに終始消極的な姿は、彼をシニカルな人物に見せている。
そしてこの「見る」という行為が、ただ見てきて報告するのではなく、奈落もまた白夜の眼を通して一緒に見ているのではないかと思われる。
というのは、神無戦では奈落が白夜と同時に見ている前提でなければ成立しないセリフが多いからだ。奈落と白夜の視線の共有を感じられる場面を抜き出してみると以下の通りとなる。
48-9 162犬夜叉が妖怪化する
奈落(くくく…犬夜叉、命惜しさに妖怪化したか?ならば―)
48-9 164鏡の妖の鉄砕牙が竜鱗の鉄砕牙に変化する
奈落(くくく犬夜叉…今のきさまの妖穴はさぞや斬りがいがあるだろうな…長い間かけて大きく育てた自分の刀で、きさまは斬り捨てられるのだ)
48-10 186鉄砕牙と神無にヒビが入り始める
奈落「手をゆるめるな神無。鉄砕牙が折れるまで。それがおまえの生まれてきた意味だと知れ」
49-1 15-16神無が左手で刀を庇う
奈落「くくく、愚か者どもが…神無に同情でもしているのか。だが―神無はなにも感じない。痛みも恐れも悲しみも…ましてや情けなどかけたところで、その意味すらわからない…」
49-2 28犬夜叉達が神無を見逃す
奈落「終わってはいないぞ、神無…くくく、愚か者どもが…あれほど苦しめられた神無を見逃すだと?きさまらの善人面には―反吐が出る。神無よ、最後の仕事だ。犬夜叉たちを道連れにしろ!」
49-2 37神無が自爆させられる
奈落「死んだか神無…結局やつらのひとりも殺せぬまま…無念だったか…?ふっ、そんなことも感じていなかったか…心を持たぬおまえは…」
さらに犬夜叉完結編11話では、原作にはなかった「奈落が神無の心臓を握りつぶす様子」を描くことで、彼がこの場を「見ている」ことをより強調している。
犬夜叉 完結編11話
18:27-18:34 奈落が神無の心臓を握り締める
奈落「さあ、犬夜叉たちに歩み寄れ。この奈落が最期を看取ってやる!」
18;43-18:46 神無の心臓にさらにヒビが入る
奈落「やつらにもっと近付け、神無!」
18:58 この瞬間、彼はかごめが神無に近付いた瞬間を見計らって、彼女の心臓を砕いた
アニメ版では、奈落にはすべての状況が見えている前提で話が進められているようだ。神無の心臓を砕く一連の流れは、この前提なしでは成立しない。見えていなければ「心臓を砕くタイミングを窺うこと」は、不可能だからだ。
このことから、奈落には神無の戦闘状況が手に取るように分かっているらしい。一体誰が奈落に視覚情報を伝えているのだろうか?
このとき奈落は一人で身を潜めており、傍に最命勝は一匹もいない。そもそも最命勝は、彼らが見たことを口頭で奈落の耳に伝える(11巻等)のであって、視覚での情報伝達は不可能だ。つまり、奈落と最命勝の「眼」は繋がっていない。遠隔で映像を見せる神無の鏡(18巻等)は妖に変化していて使えない。そうなると、これまた消去法で白夜しか当てはまる者がいなくなる。
神無の戦闘中は、終始複数の最命勝が彼女を監視していたので、ただ戦闘結果を知るだけならば彼らから話を聞けばよい。にもかかわらず、白夜を神無に同行させていたのはなぜだろうか。
「彼の眼を通じて戦闘をリアルタイムで見たかったから」ではないのか。
また、犬夜叉と殺生丸が鉄砕牙をめぐって争うエピソードでの奈落の発言には、気になる点がある。
51-4 66
白夜「殺生丸のやつ、まっ正面から犬夜叉に冥道残月破をくらわせた。こりゃ逃げられないな」
奈落「白夜、もっとよく見せろ」
白夜「ん?」
奈落が白夜の眼窩に触手を挿入する。
白夜(うわ、気持ち悪い)
白夜「こんなんで見えるのかい?」
奈落「ああ、よく見える。犬夜叉が冥界に消えゆく姿がな…」
白夜が自らの眼球を飛ばして犬夜叉と殺生丸の戦いを奈落に実況していると、彼は
「もっとよく見せろ」(完結編15話においてこの奈落の台詞は「わしにも見せろ」と変更されているので、この点はやや曖昧になっているのだが、ここでは原作での描写を優先させる)
と言い、自らの触手を白夜の眼窩に挿入する。それに対して白夜が
「こんなんで見えるのかい?」
と聞くと、彼は
「ああ、よく見える」
と返している。
ここで注目してほしいのが、「もっと」という奈落の一言だ。
何も見えていないから代わりに白夜の実況を聞いていたことを前提とすると、やや不自然な一言である。最初から何も見えていないのなら、ただ「見せろ」と言えば充分なはずだ。彼にはある程度見えていたからこそ、「もっと」と言い放ったのではないだろうか。
これは奈落と白夜が、最初から視覚を共有していないと出てこない台詞なのではないだろうか。このように考えると奈落と白夜は同一の存在であり、視覚も共有している可能性が非常に高い。
「視覚を共有している可能性」を考えるに当たって、奈落の情報獲得手段の変化と過程を追ってみる必要があろう。その過程は次第に直接的な方法に変化していく。
狒々の傀儡を通して見る(自分、視覚)
↓
最命勝から話を聞く(他人、聴覚)
↓
神無の鏡を通して見る(他人、視覚)
↓
白夜の眼を通して見る(自分、視覚)
初期の奈落は、本人の足で出向くか傀儡を使って物を見る。これは単に配下がいなかったためである。分身を作ってからは、傀儡を使う機会が減少した。
彼は本来、自身の手を汚すことを何よりも避ける性分だ。手駒がいないために仕方なくやっていたに過ぎないのだろう。その証拠に、白霊山での肉体改造以降は傀儡を使用していない。自ら薙刀を振るって悪事をはたらく白童子に対する神楽の評価も、それを物語っている。
30-7 122神楽が白童子に薙刀を投げ渡す
神楽「使えるのかそんなもん」
白童子「バカにするな。それにこの体…早く慣れたい」
神楽「へえ」
神楽(このガキ…奈落と違って、自分の手を汚してもかまわねーやつか…)
次に最命勝という配下を得てからは、犬夜叉たちを諜報した彼らから話を「聴く(=間接的な方法)」ことで情報を得ている(11巻等)。
そして桔梗から四魂のかけらを得てからは、いよいよ分身を作ることが可能になった。
かけらを手に入れた奈落が最初に行ったことは、従順な分身を作ることだった。とりわけ聴覚よりもダイレクトに正しい情報が得られる、視覚情報の獲得が可能な配下を欲した。
「視覚」は、五感の中で世界を認識する第一次的な手段だからだ。そうして生まれたのが神無である。彼女の鏡は、あらゆる場所のあらゆるものすべてを映し出す、いわば「タブレット端末」のようなものである。
悪趣味にも、これで犬夜叉と桔梗の逢引をも目撃している(18巻)。
物語が進み、周囲への不信感がいよいよ強くなると「他人のタブレット端末」では満足できなくなる。神無の鏡は彼女が自分の傍にいないときや、鏡を他の用途で使用しているとき(魂を吸収したりしているとき)は使えないというデメリットがあるからだ。
しかし、初期のように自分の足で出向くリスクは冒したくない。傀儡を作る手間も惜しい。そこで彼はとうとう、自分と一心同体の分身・白夜を生み出してしまう。
奈落と白夜の視覚は共有しているので、彼が現地へ赴いてさえすれば、奈落は安全な場所にいながらにして情報を得ることができる。
いわば自分の眼という「小型カメラが搭載されたドローン」を奈落は得たのである。白夜は文字通りただ「見るだけ」で、彼に利益をもたらす。白夜がこれといった戦果をあげないにもかかわらず、神楽等と違って、彼の粛清を免れたのはこれが要因だろう。
こうなると、今まで奈落に従順だった神無が用済みとなるのは時間の問題だ。白夜の眼で情報が得られる以上、間接的な手段でしかない「他人のタブレット端末」など、もはや必要ないからである。事実、そうなった(48~49巻)。
「犬夜叉たちをおびき寄せて、鏡を開放しろ」
という奈落の命令は、神無への事実上の死刑宣告だったのだ。その通達を、仕事を奪った張本人に伝えさせるところに彼の悪辣さ・陰湿さが窺える。