胡蝶の夢
夢幻の白夜考察サイト
<奈落の望みと四魂の玉>
四魂の玉は自らの存在を保つため、桔梗の「願い」を利用した。桔梗の「願い」は以下二つだろう。
①もう一度犬夜叉に会いたい
②闘いを辞めて、ただの女になりたい(桔梗の「本当の望み」はおそらくこれだろう)
「願い」と書いたのは、その「願い」は桔梗のみならず、「四魂の玉自身の願い」でもあるからだ。かごめが四魂の玉を戦国時代にもたらしたこと(1巻)、曲霊がかごめの霊力を恐れていたこと(52巻)から、「四魂の玉の願い」とは、以下二つである。
①再び戦国の世に戻りたい
②(曲霊にとって都合の悪い)霊力を封じたい
桔梗の生まれ変わりであるかごめは平穏な時代(我々の住む現代)の女子中学生。彼女は桔梗以上の霊力が備わっていたにもかかわらず、それは生まれつき封印されていた。
原作でも言及されている通り、四魂の玉が持ち主の願いを叶えるのは事実だが、それは「持ち主の欲望を利用するため」だ。そのために持ち主の「本当の望み」は叶えないし、願いを歪めることも辞さない(52巻等)。現に桔梗の二つの望みは「かごめに転生した形」では叶ったが、桔梗本人のなかで叶ったわけではないし、桔梗本人は生まれ変わることを望んではいなかった。47巻で犬夜叉の腕に抱かれて二度目の死を迎えたことで「結果的には」、「犬夜叉と再会すること」、「ただの女になること」は叶ったものの、「蘇生後」の惨く辛い過程は付いてくるわ、かごめに犬夜叉を譲る羽目になるわで、お世辞にも「ハッピーエンド」とは言い難い形に歪められている。四魂の玉は桔梗の望みを自身にとって都合が良い形に歪めたのだ。桔梗の魂を転生させた「日暮かごめ」という形で「犬夜叉と再会」させ、「“双方”にとって邪魔だった」霊力を封印することで、「平和な日常」を与えた。
そうなるとかごめと対になる白夜もまた、奈落と四魂の玉の願いによって誕生した存在だと推測できる。
では彼は、奈落のどのような「願い」で生まれてきたのだろうか?そして四魂の玉は奈落の「願い」をどのように利用したのだろうか?
まず注目した点は、「白夜が奈落と共同体であること」だ。これが彼が他の分身たちと、決定的に異なる点だからだ。他者を信用しない奈落にとって、唯一残ったものは「自分自身」であったはずだ。心臓を自分が握ったところで、所詮は他人であろう。いつ裏切るか分からないし、事実全員そうなったのだ。いっそのこと自分をもう一人増やして、自分が死ねば同時に滅びるようにした方が良い。心臓を握る手間が省けるし、謀反を起こす気もなくせるだろう。何より奈落は、曲がりなりにも「対等な」人間関係を、本当は欲していた。このような流れで、
「もう一人の自分が欲しい」
と願ったと考えるのが自然ではないだろうか?
対する「四魂の玉の願い」とは、
①自身をこの世界の“外”に運び出す人物が欲しい
②自身の輪廻を止めたくない
というものだった。こうして、身体は「奈落」、心は「別人」という不完全な「鏡像」、「白夜」が生まれたのだろう。
しかし、ここで一つの疑問が生じる。白夜が「四魂の玉の御使い」として生まれたならば、何故彼は生まれた瞬間からその自覚がなかったのだろうか?白夜が曲霊の正体や動向に関して奈落に問うシーンや、最終決戦にて自身の刀の使い道を理解していないシーンがある(52巻、53巻、55巻)。これらは最初からその自覚があるとしたら、有り得ないシーンだ。
ここからは想像の域を出ないかもしれないが、「奈落の願いに矛盾が生じることを防ぐため」と、「四魂の玉は持ち主の「本当の望み」以外、願いを拒めないため」ではないかと、考えた。
ここでかごめの場合を振り返ってみよう。かごめは桔梗をも上回る霊力を持っていたにもかかわらず、本来の力を封印されていた。霊力を封印した者が「曲霊」である事は、作中で明らかにされている(52巻)。となると霊力を与えたのは、「直霊」であろう。
四魂の玉は飽くまで受け身の存在であり、玉の中で善と悪が常にせめぎ合っている。だから持ち主の願いが玉(この場合は直霊)にとって都合が悪い部分も、「平等に」叶えてしまう。現にかごめの霊力を封印したのは「曲霊」の方であり、「直霊=翠子」ではない。むしろ「直霊=翠子」は、玉を清め、「こちら側の勢力」を強める霊力(かごめが玉の中で奈落と闘い続けられるように)を彼女に与えたかったはずだ。だから前世の桔梗をも凌駕する本当の力、「後ろの正面を見抜き、射る力」が、かごめには備わっていた(52巻、完結編16話)。
これらの点から、白夜の記憶は奈落の願いによって封印されたのではないかと、推測した。白夜が曲霊に対して正しい認識が出来ていなかったり、刀を抜くときも自身の「役目」に無自覚だったりしたのは、奈落が「自身の鏡像」を願った以上、当時の奈落が与り知らぬこと(四魂の玉に意思があること等)を知っていると、奈落の願いと矛盾が生じてしまうからである。
「身体が一心同体で、奈落の命令に恐ろしく素直であった」という意味では、「奈落の望み」は叶っただろう。しかし白夜が「奈落に忠実」なのは、彼が「四魂の玉に由来する者だから」であり、彼が奈落自身で、「奈落の全てを理解しているから」ではない。「四魂の玉」からその「意思」を抜き取ったら、「持ち主の欲望を映す鏡」でしかなくなる。少なくとも「役目」を果たすまでの白夜は、奈落の欲望を映す鏡でしかなかったのではないか。
心が赤の他人なのは、それほどまでに奈落のアイデンティティーが脆弱だったからだろう。「自分は自分を決して裏切らない」。これは少なくとも「普通に」アイデンティティーが確立された人間ならば、それは真理である。しかし「自分が何者で、何をしたいのかすら分からない」場合はどうだろう?最早自分が何を望んでいたかすら判然としない奈落ならば、こっそり「四魂の玉の意思の使い」を紛れ込ませて、
「これはアナタです。」
と刷り込ませても、思わず納得してしまうかもしれない。四魂の玉はその隙に付け込んだ。だから「赤の他人」が紛れ込んできても、奈落は容易には気付けなかった。気付いた時には既に遅かったのだ。「自分は自分を決して裏切らない」。その「頼るべき自分」は最初からなかったのである。
「白夜」は、究極の人間不信に陥った奈落にとって、自身の心を支える「最後の砦」のはずが、実はその「最後の砦」を崩す、「決定打」となったのだ。
かごめは四魂の玉と桔梗の、白夜は四魂の玉と奈落の、「双方の欲望の権化」として生まれた存在だ。だから二人は本人が望む望まないに関わらず、良くも悪くも「双方の願い」の影響をダイレクトに受けてしまう。
しかし四魂の玉は絶大な力を有しているが、飽くまで「受け身」の存在である。逆に言えば、「欲望」がないと動けない。だからかごめのように「何も願わない」と言われると、お手上げなのであろう(56巻)。