胡蝶の夢
夢幻の白夜考察サイト
<奈落の鏡像>
白夜を除く分身たちは、生来自己愛を強く持っているようだ。
そのため最終的には奈落に歯向かい、敗北していく。どの分身も奈落から離れよう、自由になろうとあがく。本来奈落の一部であったはずなのに、生みの親たる奈落には親和感を持ち得ない。
これはまるで、多重人格のそれのようではないか。
本来、統合して一つにまとまっているはずの人格が分離し、解離した結果としてできるのが多重人格だ。分離した人格は独立していて、別々の個性と自我を持つという。奈落の分身たちの叛逆は、この現象に近い。
相反する自我を持った存在である分身が、彼から自由になりたいと思うのは当然だろう。
けれども、白夜は違う。
彼には、これといった野望や欲求は見られない。奈落の命令には従っても、それ以上の行動には出ない。
彼はただ飄々として、事態の推移を見守っている。
もし白夜が、他の分身たちとまったく異なった存在だとしたら、彼はどのような存在なのだろうか?
今まで大勢の配下に反目され、あるときは裏切りそのものを想定してきた奈落が、最終的に相手として選んだ白夜は、特別な存在だったと考えられる。
奈落は、内心では仲間を欲していた。本来ならば邪悪な人間や、他の妖怪と同盟を作って戦えばよいのだが、半妖故に人間からも妖怪からも忌み嫌われる存在である彼には、それが難しい。
同じ半妖とはいえ、犬妖怪の父と人間の母から大きな愛を受けた犬夜叉と比べるのは酷な話である。
両親からの無償の愛。この下地があったからこそ、彼はかごめを通じて「人間らしい心」や「他者を信じる心」を学び、仲間を得ることが出来た。
だが、鬼蜘蛛のもつ「桔梗への邪な恋慕」と、妖怪たちの持つ「桔梗への憎しみ」という、相反する二つの思念から生まれた奈落は、他者の存在を強く否認する。
憎悪と悪徳によって培われた人格が、他者への不信を増長させていったからであろう。だから彼は、自分自身を解離させて擬似的に作り出した他者を使うことでしか戦えなかった。
しかし、その解離した他者にさえも始めから不信感を向けているので、物理的に「相手の心臓を握る」という支配の形でしか接することができない。当然だが、そうしているうちに相手は自然と敵対してくる。こうなると袋小路で、不信→裏切り→不信の悪循環に陥ってしまう。
心臓という、いわば自分の自律神経までもが己を裏切ることまで了解済みであったという奈落の言動の裏には、一切を信頼できない孤独感が潜んでいる。
自らは前線に出ず他人を駒として使うのは、他者と信頼関係を築けない奈落の「弱さ」だ。
仲間を信頼せず一人で行動する奈落にとって、唯一信頼できたものは自分であったはず。
他者は裏切っても、自分は決して裏切らない。自分が自分を裏切るはずがない。
いかにも人間不信に陥った者にありがちな思考回路ではないか。
最後まで信頼を置けて、裏切らないと言い切れる存在。
つまり白夜は「奈落自身」にほかならないのではないだろうか。何も信じられなくなった彼が、唯一信頼に足る存在として自らを写したもの、すなわち「自身の鏡像」を作り出したとしても、何ら不思議な話ではない。そう推測できる、いくつかの根拠をこれから述べる。