胡蝶の夢
夢幻の白夜考察サイト
<プラハの犬夜叉>
2009年、私はチェコのプラハに住んでいて、文豪カレル・チャペックの名を冠した橋を渡り、日本人学校に通っていた。まだ11歳。小学生だった私は異郷の地にあって、少なからず孤独を感じていたのだと思う。
その頃のプラハに在住する日本人は少なく、日本人学校で会う友人や先生が、故郷とのつながりを意識できる数少ない存在だった。日本人の集う場所は他にも少しあって、その一つが日本の食料品店だった。私は週に一回程度、家族四人で連れ立って行っては日本の食材を買い込むのが習慣だった。
その店には日本のDVDや漫画等も置いてあって、貸し出しも行われていた。そこで私は『犬夜叉』と出逢った。私は行くたびに数冊を借りて次に行く時に返すというかたちで、それを読み耽った。私と『犬夜叉』の最初の蜜月は、数ヶ月に及んだ。日本人の友人も少なかった私は、犬夜叉とその仲間たちや妖怪が織りなす数奇なドラマに夢中になった。
これから述べるささやかな小論は、初めて『犬夜叉』を読んだ当時11歳の私への贈り物であり、あの頃の私の心の奥底に引っかかっていた、いくつかの疑問に対する回答でもある。
『犬夜叉』は、戦国時代を舞台にした宿敵・奈落との戦いを中心に、それに関わってくる四魂の玉の因縁とその行く末を巡る冒険活劇だ。1996年から2008年まで世紀をはさんで連載されたこの漫画が、後にアニメ化されたことはご存知の通りだろう。
半妖・犬夜叉、現代の女子中学生・かごめ、悲運の巫女・桔梗、高潔な妖怪・殺生丸に、そして因縁の敵・奈落……
数々のユニークなキャラクターを配した手に汗握る物語の展開に、私はすっかり魅了されたものだった。
その誰もが魅力を放っていた。各々が持つ得物を携えての活躍に、11歳の私は酔いしれた。
たちまち私は数十巻を読み進めた。その間に犬夜叉と桔梗の50年前の悲劇を巡る愛憎があり、七人隊との死闘があり、神楽の死があり……etc
物語はいよいよ佳境へと突入していった。
こうして40巻まで読み進めたとき、一人の新しい登場人物が出て来た。
「夢幻の白夜」だ。
私は彼を一目見て気に入った。
理由は一言で言えば彼が奈落の分身……否、この犬夜叉の中で、最も変なキャラクターだったからだ。
中性的で眉目秀麗な容姿、犬夜叉たちとの戦闘には終始消極的で傍観者に徹する姿勢、敵か味方か曖昧になる飄々とした態度等、どの要素もそれまで登場したキャラクターにまったく当てはまらないのだ。
そのことが私の好奇心をかき立てた。
どこか他と異なったモノに興味をそそられるのが私の習癖なのだと、後に知ることとなるのだが、私はその時も他の犬夜叉のキャラクターのなかで一際異彩を放つ彼に、とても惹かれていくのだった。
皆さんは、この「夢幻の白夜」というキャラクターを覚えているだろうか?
彼は40巻で初登場して以降、物語終盤の準レギュラーキャラクターとして登場する。
しかし犬夜叉たちと積極的に戦うこともせず、奈落を裏切ることもなく、ただ傍観し何もしない彼を多くの読者は忘れているかもしれない。
―最後まで何だかよく分からないヤツだった―
それが彼に対する、一般的な評価だろう。
しかし、白夜の存在はなぜか私の心に残った。白夜のキャラクター性がこの犬夜叉の世界では違和感が大きすぎるからだ。
確かに彼は、ストーリー上での目立った活躍はない。
だがただの端役として考えるには、彼は明らかに目立ち過ぎている。彼が本当に何もしないならば、生かしている意味はないはずなのに最終決戦まで顔を出しているし、「かごめを斬る」という役目を終えた後は思わせぶりな台詞を残して退場している。
―白夜とは何者だったのか?―
11歳当時何となく引っかかっていたのは、このことだった。
私はこの「白夜」という一見取るに足らないキャラクターにこそ、何か重大な秘密が隠されているのではないかと考えた。今回は「夢幻の白夜」というキャラクターを中心にして、改めて『犬夜叉』を掘り下げてみようと思う。