胡蝶の夢
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<白夜を『物語構造』で読み解く>
この問題を解決するためには、この「犬夜叉」の物語を「構造」という側面で分析する必要がある。ここで言う「構造」とは、キャラクター同士の関係で紡がれる「物語」のことではない。この「犬夜叉の世界」そのものを構成する「骨組み」のことである。物語の組み立てから、全体を俯瞰して考えてみるとき、白夜の重要性はいっそう高まる。このことについて、すこし考察してみたい。
「犬夜叉」という物語は、現代に生きている女子中学生かごめによって、四魂の玉がもたらされ、四散するところから始まる。桔梗の犬夜叉への未練を利用して、四魂の玉がこの世に甦ってきたのだ。かごめは桔梗の生まれ変わりであり、そのかごめを使って、四魂の玉も甦る。けれども、かごめ自身は、そのことは知らず、ただ巻き込まれていく。犬夜叉の物語はそこから始まる。
そもそも神話を含め、古今東西の物語を形成する物語構造の基本の形は、「欠落したものが回復する」か、「行って帰る」かの二つである場合が多い。これらの基本形に様々な要素やシチュエーションが加えられて、物語は作られる。前者の例には、メーテルリンク作「青い鳥」や「シンデレラ」、後者の例には、「竹取物語」や「浦島太郎」等が挙げられる。
「犬夜叉」の物語は、現代の女子中学生であるかごめが、骨喰いの井戸を使って戦国時代に行く話だから、後者のパターンとなる。「行って帰る」構造は、主人公が本来属する「こちら側の世界」と、主人公が向かう「あちら側の世界」、そして「二つの世界の境界線を越える道具」の三要素から成立している。先述した「竹取物語」と「浦島太郎」の例で順に示すと、以下の通りとなる。
・「竹取物語」:「月」、「地球」、「竹・月の使い」
・「浦島太郎」:「村」、「竜宮城」、「亀」
これら三要素を「犬夜叉」に当てはめていくと、「こちら側の世界」=「現代」、「あちら側の世界」=「戦国時代」、「二つの世界の境界線を越える道具」=「骨喰いの井戸」となる。
かごめは、「巻き込まれ型」のヒロインの典型として登場し、何も知らずに当事者となってしまう。そのうえかごめは、現代の女子中学生だ。だから戦国時代のことは何も知らず、物語の中で一人、異邦人として振舞う。「犬夜叉の世界」に対する先入観がないかごめは、妖怪や半妖である犬夜叉に対しても、フラットかつニュートラルな見方をしている。
そのとき問題になるのが、かごめという少女が現代の人間、「犬夜叉の舞台の外側」の人物であるということだ。「外部からの人物」が起こした事件によって、物語が始まるのならば、当然物語の終わりも「外部からの人物」によって終わらせることが望ましい。
奈落を斃しても、この物語は終われない。本当の終わりは、四魂の玉の消滅によってしかないのだから。それには四魂の玉をもう一度、外の世界に送り出す必要がある。何故ならば四魂の玉は、「犬夜叉の舞台の外側」からもたらされた存在だからだ。そしてそれができるのは、かごめと同様の資質を持った人物しかいない。
そうなると今度は、「四魂の玉を舞台の外に出す役割」を担う人物が必要となってくる。ここで興味深いのは、「かごめが女性である」ということである。女性の持つ特権として、産む力をもっているかごめは、本人の意思と関係なく、四魂の玉を孕み、そして産み出す。とするならば、物語を終わらせるのは対となる男性であろう。そこで白夜が登場する。かごめと白夜。この、物語のなかでは接点を持たない二人は、始まりと終わり、内と外、という関係において、対になっているのである。
白夜があらゆる物事に無干渉を貫くのは、前述したかごめのニュートラルな性質とバランスをとるためだ。白夜が奈落という「犬夜叉の舞台の人物」から生まれた以上、現代人のかごめと釣り合わせるためには、彼を物語にかかわらせてはいけないのである。だから劇中の白夜は一切に執着せず、他人事のように振舞う。
物語上での役割(ロールプレイング)を与えられず、傍観者でしかなく、登場回数が少ないにもかかわらず、最終決戦まで登場し続けたのは、ただこの役割を担っていたからにほかならない。人気キャラクター集団である七人隊ですら、飽くまでゲストスターとして数巻分しか出さなかった高橋氏が、ただ「何もしない」キャラクターを理由なく10巻分以上出し続けるわけがない。
白夜がその役割を担うことで、初めてかごめを舞台の外へと弾き出すことが可能になる。「かごめと四魂の玉の対決」という、最も重要な闘いへと導くために。かごめはこの舞台の外において、唯一四魂の玉と対等な立場に立てる人物である。というのは、かごめは「犬夜叉の世界の外の人物」であり、四魂の玉もまた、「この世界の外の存在」だからだ。
もし白夜がいなくなると、かごめを外に送り出せる人物はいなくなり、四魂の玉との対決もなくなってしまう。この世界の内側の登場人物である主要なキャラクターたちは、物語上での役割を担っているので、白夜のような役割を突然担うには、力量不足である。
想像できるだろうか。月からの迎えが永遠に来ず、代わりに翁や媼がかぐや姫を月に送り返してしまう「竹取物語」を。白夜がいなくなった「犬夜叉」を、先述した「竹取物語」で例えるならば、このような事態になってしまう。外部からの圧力は、物語の登場人物たちにとって、唐突で理不尽なもの、超自然的なものでなくてはならない。
白夜は、物語を終結させる役割を担うことを、初めから運命付けられていたといえる。
白夜の「役目」とは、犬夜叉という物語自体の幕引きであったのだ。白夜は「物語の登場人物」というよりも、「人の顔をした舞台装置」と言い表すほうが、正しいのかもしれない。